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ぺん2
   = 日々の想いを短文で・・・=(第8回)

「情け有馬の水天宮」この言葉をどこかで、お聞きになられたことが
あると思います。

これは藩邸内にあったため一般人の参拝が難しかったが、江戸でも
信仰者の多い水天宮への一般参拝の許可を求める伺書が幕府へ何度
も提出された。

幕府のこうした事例は関与しないとの見解を得た上で、同年から
毎月5の日に一般開放された。

その人気ぶりは「情け有馬の水天宮」という地口も生まれたほど
であったと言われている。

「情け有馬」の地元(久留米)に住んでいますが、32万石もあり
ながら、明治維新後は武士の生活は悲惨なもんでありました。

武士は士族と呼ばれ、生活の為に商人になったり、あるいは農民に
なり、全国に散らばって行きます。

或る日、インターネットで「久留米水天宮」と検索をした所、なんと
東北に地に同名の「久留米水天宮」が存在しまいた。

食いぶちを求め、士族の家族をを含め、500人以上の人達が現在の
郡山市に移住し、安積原野の農地への開墾作業に従事しています。

先人たちの足跡を一度、見聞したくて、地元久留米から郡山を訪問
致しました。

図1

郡山市の「久留米水天宮」の横に「開墾記念館」がありますが、久留
米の暖かい地方から、郡山に移住したのが冬を控えた10月、そして
過酷な生活、本当に先人のご苦労に、ただただ頭をたれるだけです。

                         yk
2012.09.15 / Top↑
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